スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

少年野球

 小学生の頃、俺は明神パワーズという少年野球チームに入っていた。(パワーズと言う名前だが、パワーがある奴は俺の代には一人もいなかった)

 この明神パワーズ。とにかく弱小チームだった。その弱小チームで、俺はライトで8番で三振王。そうライパチ君だった。
 Wヘッダーの試合で、2試合とも3回コールド。取られた点数が2試合合わせて64点。勿論、野球の試合だ。これはある意味奇跡に近い点数だ。

 ただ凄いのは、そんなお粗末な試合結果に、誰一人悔しがる奴がいないと言う所だった。30点取られた試合の合間に、和気藹々と弁当を食べ、次の試合でまた30点取られる。これでは勝てるわけがない。(今は違うが、当時の俺は、努力という言葉何より嫌いだった)

 こんなんだから、俺は少年野球時代の公式戦で、ヒットを打った覚えはない。一度だけ打ったが、それは非公式の試合だ。
 あの頃、もっと一生懸命やってればなぁ・・・。何しろ俺は、イチローとタメ年なんだから。
スポンサーサイト

親父

 親父は巨人ファン。お袋はアンチ巨人という家庭に生まれ育った俺は、親父の影響のせいか、20歳位まで巨人ファンだった。(巨人ファンではなく、プロファンになった)

 ただ巨人ファンで、俺に野球をやらせたかった親父なのだが、買ってもらったバットは掛布のサイン入りバットだったり、山本浩二の顔写真が入ったバットだったりと、巨人とは無関係な代物ばかりだった。(唯一帽子だけは巨人だったが)

 親父は今でも巨人ファンだ。だが、上原は嫌いなようで、上原登板のときはいつもグズグズ言っている。

 そう言えば、俺の名前は掛布から取ったって言ってたなぁ。

今年の野球・・・

 今年の野球。予定していた日が雨で中止になり、延期になった。
ただ、延期になったことで、人数が集まらない可能性が出てきた。もしかすると、今年は野球の試合が出来ないかもしれない。
 小学校、中学校と野球をやってきたが、下手くそのため、万年補欠だった。野球の本当の面白さを知ったのは、社会人になってからだった。だから、今の会社のチームでの野球は、俺にとっては楽しみの一つだった。

 野球を始めたきっかけは、親父が野球好きだったこともあるが、神奈川県に住んでいた頃、家の前でキャッチボールしている兄ちゃん達のように、親父とキャッチボールをする、それがきっかけだった。
 小学校1年の時、親父がお袋に、「グローブを買ってきてやれ」と、言った。
 「やった!」と、俺はやっとグローブが買って貰えると喜んだが、買い物から帰ってきたお袋が取り出したのは、ボクシンググローブ(多分おもちゃの)だった。親父もだが、小学校1年の俺も、目が点になった瞬間だった。
 今思うと、あのまま行けば、ボクシングをやっていたかもしれないが、何故、母親がグローブと言われて、ボクシンググローブを思い浮かべたのか今でもわからない。たまに俺も天然っぽく言われることがあるが、それは母親の血かもしれない。

我が母…

先日、弟とボーリングに行った後、俺の家で、昔話に花を咲かせた。
幼い頃の家のことを他人に話すと、大抵の人が驚く…。これはやっぱり弟の方もそうで、驚かれると言っていた。
今思うと、やっぱり貧乏だったんだなぁって結論が出ることばかりだ。

その中で、思いだしたのがパンスト事件だ。これは貧乏話とは全く関係ないことだが、そのときの母親の思考は、今だに理解できない…。

小学校4年生の時のことだ。俺は風邪をひいて学校を休んでいた。そんな俺に、母親が突然こう言った。
「ちょっとパンスト買って来てくれる?」
幼いながらに、俺は耳を疑った。風邪っ引きの小4の息子に言う言葉か、と思いながら、
「パンストって、女の人が履く…?」
と、聞き間違いだろうと、確認のために聞き返した。
「そう、自転車で行けばすぐだから行って来て」
と、金をテーブルの上に置いた。どうやら聞き間違えたわけではなかったようだ。
当時、母親は絶対的な存在だった。嫌がれば、当たり前のように手が飛んで来る。俺は渋々18インチの自転車で、学校を休んでいることもあり、周りを気にしながらイトーヨーカドーへ向った。
うちの小学校は、4年生は、地区内でなら自転車に乗ることが許されていたが、ヨーカドーは地区外だった。それもあってか、必要以上に周りを警戒した。
ヨーカドーでも必死だった。
まず下着売り場に行かなければならない。そして女物を買わなくてはいけない。
「何で俺が…?」
何度も唇を噛み締めた。幼いながらに、理不尽さと屈辱感で、何度も泣きそうになった。
それでも俺は買った。色々なことに堪えながら、とにかく品物を買い、逃げるように帰ったのだ。屈辱感より、母親への恐怖感が勝っていたのだろう。

この話を、大人になってからしたことがあるが、母親は全く覚えていない。だから、なぜ風邪っ引きの俺に買いに行かせたのか、その真相も分からずじまいだ。

ただ、俺はそれがトラウマになって、パンストも余り好きじゃないし、その言葉の響きも好きじゃない。そして下着売り場は、未だに苦手だ。

ラーメン屋

 数年前、俺はあるラーメン屋によく通った。
 食事時であっても混むことなどないことから、俺はその店が気に入っていた。
 味の良し悪しは正直わからない。腹が膨れれば良い。ただ、まずいと思ったことはなかった。
 今夜も俺は仲間と一緒に、そのラーメン屋の暖簾を潜った。

 相変わらず客がいない。客だけでなく店員もいないと思ったら、冴えない店員がテーブルでカップラーメンを啜っていた。
 思わず仲間と顔を見合わせた。
 ラーメン屋の店員がカップラーメンを食べている・・・。これはありなのか?
ま、そんなことは小さなことだ。しっかりと仕事をしてくれれば良い。俺達二人は座敷の席に腰を下ろした。

「ご注文は?」
と、女の店員が注文を聞きにきた。いつもいる店員ではない。新しいバイトのようだ。
「味噌ラーメン。葱抜きで」
と、取りあえず、いつものように葱抜きを注文した。俺は葱が嫌いである。
「えっと、玉葱も抜きますか?」
「そうしてくれ」
と、答えると女は頭を下げ、厨房に消えて行った。中々気が利く店員だ。実は玉葱も駄目なのだ。

 客は俺達だけなので、それほど待つことはない。しばらくすると、女がどんぶりを持って現れた。
 まずは仲間のラーメン。それから俺のだ。
 しかし・・・
「おい」
と、私は「ごゆっくり」と言った女を呼び止めた。
「はい?」
「葱」
そう、女が持ってきた私の味噌ラーメンには葱がしっかり入っていた。
 なんだ、お前は鶏か?。自分から言っておいて歩いたら忘れたのか?
という言葉はぐっと呑み込んだ。これでも大人だ。小さなことで声を張り上げるなどみっともないことだ。
「す、すいません。すぐに作り直します」
と、女は慌ててどんぶりを下げた。
 作り直すと言ったので、俺は煙草を咥えた。が、女は予想以上に早くに戻ってきた。
 どんぶりの中に微かに浮かぶ葱・・・。
 抜いただけじゃねぇか!
と、思ったが、そこも我慢して、まだ長い煙草を灰皿でもみ消してから割り箸を割った。

このラーメン屋は、しばらくして潰れた・・・。

テーマ : ノンフィクション
ジャンル : 小説・文学

プロフィール

Masyuki

Author:Masyuki
42歳。

加齢臭のしない

走れる男であり続けたい。

最近の記事
最近のコメント
記録カウンター
ブログ内検索
リンク
カテゴリ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。